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Préparez vos mouchoirs ハンカチのご用意を

フランス・ベルギー映画 (1978)

リトン・リヤブマン(Riton Liebman)が 鍵となる少年を演じる異色のコメディ映画。1979年のアカデミー外国語映画賞ならびに米映画批評家協会の作品賞を受賞している。前者は、前年の受賞作が『これからの人生』、翌年の受賞作が『ブリキの太鼓』(カンヌのパルムドール受賞)で、いい加減な判定とは思えない。後者は、1979年の候補作3作、『ディア・ハンター』(アカデミー作品賞など5部門受賞)、『結婚しない女』(アカデミー作品賞候補)、『天国の日々』(カンヌのパルムドール候補で、監督賞を受賞)とそうそうたる顔ぶれで、前年の受賞作は『アニー・ホール』(アカデミー作品賞など4部門受賞)、翌年の受賞作が『ヤング・ゼネレーション』(ゴールデングローブ作品賞(コメディ)受賞)なので、こちらも敷居が高い。この映画、傾向の異なる2つの高名な賞をよく獲得できたものだと不思議に思う。何せ、13歳の少年が、「赤ちゃん欲しい症候群」の女性に気に入られて赤ちゃんを授けるという破天荒なコメディなので。なぜ、受賞したのだろう? 映画の前半、リトンが登場するまでは、ダメ男性2人と、頭痛と食欲不振、不眠、時々見舞う失神に苦しむ女性ソランジュとの「三人婚」の状態が描かれる。決して面白い訳でもないし、男性2人の演技も冴えない。それが、クリスチャン役のリトンが登場すると、妙にリアルで引き締まる。彼は、何も受賞していないが、存在感はかなりのもので、この映画が2冠に輝いたのは、リトンのお陰ではないかと思う。少年と年上の女性の「関係」を描いた映画には、『好奇心』(1871)や『プライベート・レッスン』(1981)などがあるが、何れも、少年は年長で顔立ちは品性に欠け、女性との絡みも映像化されている。それに対し、リトンは変声期前の清潔で品のある顔をしていて、行ったであろう行為との間の乖離が大きいので、それが映画をより面白く、かつ、スマートに見せることに成功したのであろう。実際、リトンの出演場面で猥雑なシーンはなく、それがコメディを引き立たせている。

パリに住むソランジュとラウルは結婚して5年以上が経過し、今や、ただ一緒に暮らしているだけの関係。子供ができないため、ソランジュは内に閉じ籠もり、それが、頭痛や食欲減退、さらには、不眠や失神などの症状を引き起こし、笑顔は消え、ひたすら編み物に没頭している。そんな妻を心配したラウルは、レストランで見知らぬ男に声をかけ、妻のセックス・フレンドになるよう説得する。そして、3人婚が始まるが、ソランジュは、そのこと自体にも無関心で症状は好転の兆しすら見せない。そこで、ソランジュに子供の相手をさせれば気が晴れるかもと考えた2人は、ソランジュを加えた3人で、少年たちのサマー・キャンプの指導員になる。そのキャンプに たまたま参加していたのが、ブルジョワのクリスチャン。他の参加者は、移民か鉱夫の子供ばかりなのに、クリスチャンは「帝王教育」の一環として、「労働者とは何か」を学ぶため、父の命令で強制的に参加させられていた。しかも、IQは158と天才。1人浮いてしまい、ひどい虐めの対象になる。可哀想に思ったソランジュが、他の少年たちと一緒の大部屋ではなく、自分の寝室に引き取ったことで、事態は異質な方向に動き出す。自分に好意を抱いて部屋に招かれたと思ったクリスチャンは、ソランジュに極度の関心を持ち 行動で示す。それがソランジュの怒りを買って部屋から追い出されそうになるが、心の底を素直な思いで話したクリスチャンに、ソランジュは、長年一緒に暮らしたラウルにはない「新鮮さ」と「心地よさ」を見出し、年齢を越えた心のつながりを感じ取る。そして、クリスチャンを、何の違和感もなく自分の体内に招じ入れる〔映像は一切ない⇒そこが重要〕。こうして、2人は親密な関係となるが、問題は、キャンプが終わると二度と会えなくなる という恐怖だった。クリスチャンは、それが嫌で、バスが自分の住む町に着くと、両親の家に戻るのを拒否して逃げ出す。その結果、500キロ以上離れた全寮制の寄宿学校に隔離されてしまう〔そこの生徒にクリスチャンが話すことで、ソランジュと何があったかが分かる〕。クリスチャンのことが忘れられなくて苦しむソランジュを救うため、ラウルたちは寮に押し入ってクリスチャンを助け出す。ラウルは週末だけで、月曜には学校に戻すつもりだったが、一緒にいたいクリスチャンはソランジュを連れて逃げ出す。お陰で、ラウルたちは「未成年の拉致」で逮捕されてしまう。半年後、ラウルたちが出所した時、ソランジュは、クリスチャンの子供を宿して、クリスチャンの家で幸せに暮らしていた。それを見たラウルたちは、寂しく去って行くのだった。

リトン・リヤブマンは、長髪の可愛い13歳の少年。映画の公開が1978.1.11で、誕生日が1964.1.29なので、撮影時は必ず13歳以下になる。正面から見ると、髪が長い分顔が細長く見えてしまうが、斜めからみると、とても品の良い顔だちだ。台詞が多く 微妙な演技の要求される難役だが、映画初出演なのに 難なくこなしている。残念なことに、他に紹介すべき出演作はない。俳優としての出演作は、現在まで81本にのぼっているが、そのほとんどすべてが脇役である。


あらすじ

エンド・クレジットを除けば102分の映画の中で、真の主役とも言えるクリスチャンが登場するのは、中間点に近い48分26秒から。従って、そこに至る経緯を簡単に紹介しておこう。映画は、まず簡単なレストランでランチを食べている男女から始まる。ソランジュは料理をつつくだけで、ほとんど食べない。それを夫のラウルが心配すると、「お腹減ってない」。それに対し、夫は煩わしいほど、グチめいた言葉を並べる。「一度でいいから、胃のムカムカや頭痛なく食べ終わりたいわ」。そんな時に、しゃべりかけられても辛いだけだ。原因は、そういった夫の態度にあるのに、彼は気付こうともしない。夫の「愛してる。心配ばかりかけるが、愛してる」の言葉に対し、ソランジュも「私も愛してるわ」と答えるが、ラウルは、「違う。不調の原因が分かるか? 他の男が必要なんだ」と常識外の言葉を口に出す。「ナンセンスはやめて。バカじゃないの? どうかしてる」。「俺はバカじゃない。君には、新しい男が必要なんだ。別の目、別の睾丸を持った奴が。俺たちはマンネリなんだ。新しい空気が要る」(1枚目の写真)。すべては、常軌を逸したこの「提案」から始まる。そして、ラウルは、少し離れた席で1人で食事をしていた男(ステファン)のところにすたすたと寄っていくと、声をかけて横に座り、少し世間話をした後、「俺の女房に興味ないか? 趣味じゃないか?」と訊く。普通なら、こんな質問をされたら、相手に変な下心があると疑うだろう。そこで、ラウルは、「俺は彼女の笑顔が見たい。だが、笑おうとしないんだ。俺は独占欲の強い男じゃない。彼女を幸せにしたいだけだ」と言葉を継ぐ。最初は、気持ち悪いと思って取り合わなかったステファンだったが、この半年、ソランジュが、頭痛で意気消沈し、食べられなくてやせ細ってきた上に、不眠症が始まったと聞き同情する。ラウルは、最初の頃は、編み物をしながら微笑んだのに、今は、編み物はするが、微笑まないとも話す〔ソランジュは、映画の最後まで常に編み物をしている〕。そして、その原因は、恐らく 子供ができないからだとも。「2年間、頑張った」。しかし、他人の奥さんと寝て子供を作る、などという異様な話に二の足を踏んだステファンは、汽車に乗り遅れると言って帰ってしまう。あきらめきれないラウルは、ソランジュを連れて、パリの北240キロのカレーで子供たちのスポーチ・コーチをしていたステファンをわざわざ訪ねる。そして、妻の容態が悪化したと訴え、ホテルに連れて行き、妻と一緒に部屋に閉じ込める。しかし、ステファンは、「悪いが、できない」とソランジュに謝り、夫が同じホテルのバーにいるのに、その妻とセックスなどできないと弁解する。その直後、ソランジュが発作を起こして失神し医者を呼ぶ事態となったことから、ステファンはベテューヌ(Béthune、パリの北200キロ)にあるアパートで一緒に暮らしてみることに同意する。ステファンは、アパートに来たソランジュに、壁を埋め尽くす5000冊のペーパーブックを自慢して見せ、自分が傾倒しているモーツアルトのレコードを聞かせ、「一緒に赤ちゃんを作ろう」と話しかける。しかし、しばらく経った後の様子は、ラウルと同じだった(2枚目の写真)。「編み物はするが、微笑まない」。2人とも素裸でベッドにいるが、ソランジュは、ひたすらセーターを編み続ける。前にラウルに編んだのと同じ、白と黒と茶色の3色の毛糸の厚手のセーターだ。ラウルはステファンを呼び、「ベストを尽くしたが、ダメだった。笑わせることも、話すこともできなかった」と匙を投げる。そして、また起きる失神。入院したソランジュは、「2人とも私に何をくれた? 何もじゃない! 流産すらしなかったのよ」と責める。ラウルのアパートに戻った3人が、モーツアルトのレコードをかけながら話していると、男が乱暴にドアを叩き、「夜中の3時にうるさい」と抗議する。しかし、この男も結局は仲間にされてしまう。クリスチャン登場前の最後の場面は、3人がラウルのアパートで食事をしているシーン。「彼女は妊娠できないんだ」という言葉に、3人目の男が猛然と食い下がる。「彼女は子供を欲しがってる。誰が見ても分かる」。「だが、何かがそれを妨げてる」。「なら、外せばいい! 工夫しろ! もうすぐ夏だ、バカンス・シーズンだぞ。プランはあるのか?」。「ないな」。「バカみたいにボーッとしてるんじゃない。頭を使え!」(3枚目の写真)。頭を使った結果は、ラウルとステファンとソランジュが子供たちのサマー・キャンプの指導員になることだった。
  
  
  

少年たちの一団20数名が歌いながら道を歩いている。先頭には、ソランジュ、末尾にはラウルとステファンがいる。一行は、池の傍にあるかなり立派な建物の中に走り込んで行く。少し時間が経過し、場面は夕食の最後。ステファンが立ち上がって、「諸君、静かに。デザートを心待ちにしてるのは分かっている。今夜は、プチ・スイスだとお知らせできて嬉しい」。少年たちから一斉に歓声があがる。それを困ったように見ている少年がいる(1枚目の写真)。クリスチャン・ベロイユだ。「君たちも知っているように、プチ・スイスは、トリプル・クリーム・チーズ〔乳脂肪72%以上〕で、プレーンか甘いのを食べる。投げ合うためのものじゃない。覚えておいて欲しい」。厨房からプチ・スイスが持って来られ、全員に配布される。最初は静かに食べていたが、1人が立ち上がってクリスチャンの顔にぶつける。歓声が上がり、もう1人が投げる(2枚目の写真)。5人目が頭に直接手で押し付けた時、クリスチャンは立ち上がると、座っていたイスを持って少年たちのテーブルの前方に行き、イスをドンと床に叩きつけ、再び座る。そして、「どうせ僕は犠牲者なんだから、楽しむがいい」と言う。少年たちは、一斉にプチ・スイスをぶつけ始める(3枚目の写真)。
  
  
  

ラウルとステファンが、「もう十分だ!」と言ってやめさせた頃には、クリスチャンはクリームで真っ白になっていた。おまけに、食堂から出て行く悪ガキに、イスごと床に倒される。ラウルとソランジュは、クリスチャンを床から助け起こし、きれいなイスに座らせる(1枚目の写真)。ラウルは、「化粧をこれで落とせ」と言って布を渡すが、目が開くとは思えない。ソランジュは布を取ると、クリスチャンの顔を拭いてやる。そんなクリスチャンに、ステファンが「プチ・スイス 食べるか?」と渡そうとしてバカ笑いする。ソランジュは、そうした2人には組せず、丁寧に顔を拭き続ける。クリスチャンは、「僕は、彼らに怒っちゃいない。彼らの好きなことは、僕を虐めることなんだ」。「君は何が好きなんだ?」。「数学、写真、占星術、語学」。「じゃあ、頭いいんだ」。「IQ158だよ」(2枚目の写真)〔上位約0.0055%〕。「それって高いのか?」。「ずば抜けて」。「さぞや自慢なんだろうな?」。「僕がどう思おうが関係ない。科学的なテストなんだ。うらやまないで。知能と幸せとは一致しない」。ここでステファンが口を出す。「誰がうらやむ? 俺のIQだって侮りがたいぞ」。「よければ、テストしようか?」。
  
  

夜の食堂に、3人とクリスチャンだけが まだ残っている。ラウルとステファンは、ソランジュの毛糸玉を作るのを手伝っている。「よく分からないんだが、そんなIQの子が、こんな下らないキャンプで何してるんだ?」。「両親に訊いてよ」。「両親って誰だ?」。「変人さ」。「そういうもんさ。だけど、どんな変人なんだ?」。「ただの変人さ。ありきたりの。特に父がね。母はまだ許せる。時々 微笑んでくれるから。それにピアノも弾くんだ。下手じゃないけど鈍ってる。もっと練習しないと。父の方は、朝6時に起きて、7時には大きなシトロエンに乗る。『ボスは従業員より早く来て、最後に帰る』が口癖。だから帰宅は午後7時。帰るとネクタイを外し、TVをつける。ボーイングの操縦席みたいなステレオもある。使い方を知らないから、僕が教えないといけない。そして、ワーグナーしか聴かない。僕はシューベルトがいいのに」。さっそくモーツアルト気違いのステファンが、「モーツアルトは?」と訊く。「たまに聴くけど」。「たまだと? いつも聴けよ。頭でっかちで耳がないんだな」。「そんなことない。モーツアルトは評価してる。だけど、そればかり聴けないよ」。「聴くべきだ。俺は、モーツアルトだけで十分だ」。「ハイドンやシューマンやブラームスを無視できないよ。ベートヴェンは言うまでもなくね」。「ベートヴェンなんか、目じゃない」。「バッカみたい!」(1枚目の写真)。ここで、ラウルが話を元に戻す。「そんなボスの子が、移民や貧しい鉱夫のための下らないキャンプになぜいるのか、説明がないぞ」。「父は、『工場のために身をもって知れ』と言ってる」。「工場のため?」。「僕は、将来の経営者だから、労働者のことを知っておくべきだって… 彼らの意識や反応や習慣を」(2枚目の写真)。
  
  

この時、ソランジュが、「あなたの言ってたテスト、今やってくれる?」と訊く。「お望みなら」。ラウルは「何が言いたい」と乗り気ではないが、ソランジュが、「何か分かるかも」と言い、さらに、「怖いの?」と訊くと、「全然。隠すものなど何もない」と開き直る。クリスチャンは、2人に白紙を渡し、「じゃあ始めるよ、ツリー・テストだ。1本の木を描いて」と言う〔ツリー・テストは、1952年にスイスの心理学者Charles Kochによって考案されたもので、ほぼA4サイズの紙に1本の広葉樹を描かせ、その大きさや位置、59項目の細部(根・幹・樹冠・葉・実・濃淡・対象性・典型性など)で性格分析を行うもの⇒色々な種類があるが、一例として日本語のものを紹介すると→→ http://www.waseda.jp/sem-takemura/pdfpaper/takasaki-7.pdf。2人は戸惑う。「どんな木だ?」。「ただの木だよ」。「10本でも描ける」。「1本で十分」。「カエデ、カラマツ、バオバブ」。「何でもいいって」。2人はようやく描き始めるが、それを見てソランジュがくすりと笑う。2人とも15秒で描き終わる。絵を渡されたクリスチャンがじっと見入る。しかし、ツリー・テストの分析法に詳しくないクリスチャンは何も言えない〔IQ158で、ツリー・テストの名前を口に出せるのなら、方法を知っていてもいいのに、なぜこのシーンがあるのか良く分からない〕。ただ、少なくとも、ソランジュがケラケラと笑い出したことは、大きな前進だった(1枚目の写真)。不発に終わったテストの後、2人は一緒に歯を磨き、ステファンがラウルに、「昨日の夜は、君じゃなかったか?」と訊く。「覚えてないな」。「何だと? 1人で寝たのか ソランジュと寝たのか、覚えてないだと?」。「ない」。そこで、2人は揃ってソランジュの寝室に行く。ステファンが ソランジュに「昨夜、誰と寝たか覚えてる?」と訊くと、「最近、すごく眠いの」という返事。お互い、気のない会話だ。そこで、ラウルは、ステファンに「お前 寝ろよ」と言い、ステファンは「俺じゃない、お前だ」と譲る。最終的に、ステファンが、「どっちと寝たい?」とソランジュに直接尋ねると(2枚目の写真、編み物で忙しい)、「一人で寝る」との返事。2人のダメ男はそのまま退散する。
  
  

一方、少年たちの泊まっている大部屋では、「先生」たちと一緒にいたクリスチャンを虐めてやろうと、集団でベッドを取り囲む。そして、眠っているクリスチャンの毛布をそっと取ると、「ペニスをしごけ」と言いながら、パジャマのズボンをはぎ取ろうとする。お尻がむき出しになったところで、部屋のドアがバタンと開き、ソランジュが現れる(1枚目の写真、黄色の矢印はクリスチャン、少年がスボンを引っ張っている。赤の矢印はソランジュ)。ソランジュが、ベッドに腰を下し、泣いているクリスチャンを心配そうに見ると(2枚目の写真)、「先生のペット」という声が巻き起こる。
  
  

翌日、少年たちは野原で遊ぶことになったが、クリスチャンは1人で森の中に入って行く(1枚目の写真)。午後になり、宿泊所に戻る時間が来ても、クリスチャンの姿がない。心配したソランジュが捜し廻ると、森の中のツリーハウスに隠れていた(2枚目の写真)。クリスチャンは、「僕は行かない」と一緒に帰るのを拒否する。「家に戻りたくないの?」。「ない」。「どうしたいの?」。「放っといて」。
  
  

困ったソランジュは、クリスチャンを大部屋ではなく、自分の寝室に連れて行く。仲良くベッドに並んだ2人。ソランジュはいつものように編み物に勤しみ、クリスチャンは本を読んでいる。本を置いたクリスチャンは、「子供でいるのは、もう うんざり」と話しかける(1枚目の写真)。「どうして?」。「他人が僕のことを決めるのがしゃくだから。僕の方が、誰よりも適格なのに。僕の母は、赤ちゃんができなくて、僕を産むのに10年もあがいた。何のため? 他の女性は、子供なんか欲しくないって好きにやってるのに。僕は、不幸の産物なんだ」。「そんなこと言わないの」。「僕、誰に対しても、何かを頼んだことなんかない」。「そんな言い方もやめて」(2枚目の写真)。「どうして?」。「それはね…」と言ったまま、ソランジュは黙ってしまう。クリスチャン:「子供ができないの?」。「ええ」。「子供なんか要らないよ。世の中子供だらけだ。これ以上 増やす必要なんかない。それより、今いる人を助けた方がいい。例えば、僕。母は、僕を9ヶ月身ごもってくれたけど、僕は、あなたの方が好きだ」。編み物の手がとまり、クリスチャンをじっと見る。
  
  

それから、しばらくして。ソランジュは、もう眠っている。1人、本を読んで起きていたクリスチャンは、「ソランジュ」と声をかける。返事がない。「起きてる?」(1枚目の写真)。返事がない。クリスチャンは本を置くと、顔をソランジュに近づけ、しばらく様子を見ていると、毛布をそっと外し、胸の脇に手を入れて乳首を露出させる(2枚目の写真)。ソランジュ役のリトン・リヤブマンが上品な顔立ちなので、イヤらしい感じはしない。ソランジュは一旦中止すると、ベッドに戻り、これからどうしようかと考え、思い切って決断する(3枚目の写真)。
  
  
  

そして、ベッドからそっと下りると、反対側にぐるりと回り、毛布を完全にはぎ取る。ネグリジェの端をめくり上げて陰部が見えないかと覗く(1枚目の写真)。しかし、ネグリジェが脚で押えられていて開かない。そこで、部屋に置いてあった大きな花瓶からカスミソウを1本抜き出す。そして、それで脚の露出部分をそっと触る。痒いので、ソランジュが無意識に手で掻く(2枚目の写真、矢印はカスミソウ)。それをくり返すうちに、ソランジュが体の向きを変えて体が真っ直ぐ仰向けになる。今度は、ネグリジェをまくり上げることができて、陰部が完全に露になる(3枚目の写真、一部削除)。クリスチャンは、中を覗こうとソランジュの脚を持ち上げて覗く(4枚目の写真)。しかし、こうした人為的な動きが刺激となり、ソランジュは目を覚ましてしまう。
  
  
  
  

急いで脚を閉じて身を起こしたソランジュは怒り心頭だ。「恥知らず!」。「何もしなかったよ。ただ、見ただけ。興味があったから」。「許されないわ!」。「ねえ、ソランジュ… 現実を認めないと。あなたが僕をベッドに招き入れたんだ」。「あなたを守るためよ! 大部屋で虐められた」。「僕は13歳だ。石で出来てるわけじゃない。責任の一旦はあるんだ。僕、その気になっちゃった。ごめんなさい」。「出て行って。絶交よ」(1枚目の写真)。「お願い、意地悪しないで」。「あんたは怪物よ。出てって」。部屋のドアを開けたクリスチャンは、「一つだけ言わせて。あなたに子供が出来なくて 良かった。もし、いたら、その子はめちゃめちゃになって、きっと悲しんでた」(2枚目の写真)。そう言うと、ドアをバタンと閉める。頭にきたソランジュは、廊下までクリスチャンを追っていく。「悲しむって、何が言いたいの?」。「いつかきっと… その子はあなたのそばに来て… あなたを見たり、触ったり、抱きつきたくなる。あなたは、その子を追い払うんだ」(3枚目の写真)。この言葉は、クリスチャン自身の正直な心情を述べたものだろう。ソランジュは、クリスチャンを部屋に連れ帰る。
  
  
  

「なぜ、あんなこと言ったの? 私があなたを追い払った? 傷付けた?」。「僕、ほんとに怪物なの?」。「違うわ。優しい子よ。泣かないで」。「ごめんなさい。あんなこと、やっちゃいけなかったのに」。「気にしないで。大したことじゃない」(1枚目の写真)。抱かれながらクリスチャンが、「ソランジュ」と言う。「なあに」。「僕を抱いて」。ソランジュは、思い切りクリスチャンを抱き締める。そして、ベッドに腰を下ろし、もう一度抱き締める。「可愛い坊や」。ソランジュにとって、クリスチャンは、望んでできなかった自分の子供のような存在になった。クリスチャンは、抱擁を解いてソランジュの顔を愛しげに眺めると(2枚目の写真)、「どうしてか分からないけど、最近 とっても妙な感じがするんだ。僕の胸が体の割に小さ過ぎて、息が詰まるような気がするんだけど、それが嫌でもあり、わくわくもする。あなたを知ってから、悪くなる一方だ。これって正常なの?」。「そう、正常よ。大人になっていくの」。クリスチャンは思わず顔をつける(3枚目の写真)。「いい匂いだね」。行き過ぎだと感じたソランジュは、「もう元気になったでしょ」と距離を置く。
  
  
  

クリスチャンは、真剣な顔で、「どうしても、訊きたいんだ」と頼む。「なぁに?」。「説明が難しいんだけど…」。この時の控え目な雰囲気が何とも素晴らしい(1枚目の写真)。「バカンスは、あと10日で終わっちゃう。そしたら、バスで北に向かい、さよならを言う。僕は父の車に乗り、あなたとは二度と会えない。5年か6年待たないと、こんな機会はもうない」。「どんな機会?」。「今夜みたいに、僕に友達のように接してくれる女性、思わせぶりなことをしても腹を立てない女性と2人だけで部屋にいられる機会」(2枚目の写真)。「だけど、あなたは子供なのよ」。「ごめんなさい。時々、夢が本当になると思える時があるんだ。あなたが僕と同じ年だっていう夢。バカげてるよね」。そして、立ち上がる。「僕、もう行くよ。みんなの所に戻る。そして、あなたのことを想いながら眠りに就く。これから何年も、そうするんだ」。この難しい会話を、リトン・リヤブマンは、カット割りが少なく長回しの撮影ながら〔それだけ1回の台詞が多い〕、微妙に表情を変えながら、見事に演じきる。
  
  

今まで、騒がしいだけで中味のなかったラウルやステファンに、「愛とは何か」を忘れさせられていたソランジュは、「愛される」ことの素晴らしさと、感情の高ぶりに相手の年齢を忘れる。そして、クリスチャンの頬を優しく撫ぜると(1枚目の写真)、そのまま、着ているネグリジェを脱ぐ(2枚目の写真)。きわめてセンセーショナルなシーンだが、その前のクリスチャンの心情の吐露があるので、何となく自然にも見える〔だから、台詞は全訳した〕。映画は、ここで場面転換し、品位を保っている。映画の最後に、臨月が4月だと分かるので、ソランジュが妊娠したのは残り10日のキャンプの間であろう。
  
  

キャンプを離れてパリに向かうバスの中で、別々の席に座ったクリスチャンとソランジュは、まさに「仲を裂かれる恋人同士」だ。時々、顔を見ているが、それは、今生の別れにどう対処しようと思う不安からだろう(1・2枚目の写真)。1枚目の写真では、クリスチャンの着ているセーターにも注目。これは、それまでソランジュが、ラウルとステファンに編んだセーターと同じものだ。ということは、残り10日で編み上げたことになる。参考までに、このキャンプのシーンは、ベルギーのアルデンヌ地方で撮影された。せっかくなので、アルデンヌ地方の代表的な町ディナン(Dinant)の写真〔撮影は私〕を3枚目につけておこう。日本ではあまり馴染みがないが、ムーズ(Meuse)川に沿ってそそり立つ断崖が魅力的な町だ。もし近くに行かれることがあれば、アン=シュル=レス(Han-sur-Lesse)の鍾乳洞もお勧め。
  
  
  

バスが、ステファンの住むベテューヌの町の広場に着く。少年たちはすべて近くの住民の子供らしく、両親は歩いて迎えに来ている。全員がバスから降りたのに、クリスチャンだけはバスに残っている。ラウルは「家族に会いに行かないのか?」と尋ねるが、返事は「ノン」。「なぜ?」。「会いたくない。そのことに 今気付いたんだ」。「いったいどうした?」。「一緒にいる」。「とんでもない、ダメだ!」。「ここで さよならなんて嫌だ」。その時、ソランジュがステップを上がってクリスチャンを守るように横に立つ。「その通りよ」。「何が?」。「彼は離さない」。「迷惑はかけないし、邪魔にならないようするから」。「私から取り上げないで。彼が必要なの」(1枚目の写真)。ソランジュにそこまで言われると、ラウルとステファンは弱い。仕方なく、ラウルがクリスチャンの両親に説明に向かう。両親は、広場の目立たない隅に、シトロエンDS23で来ていた。ラウルは、母親に「クリスチャンはどこなの?」と訊かれ、「あっちです。元気です。心配しないで」と言って、車のバックシートに乗り込む。そして、「クリスチャンは一緒に行きたくないそうです」と打ち明ける(2枚目の写真)。母:「家に帰りたくなにの?」。「出来ないと言ってます」。父:「冗談だろ?」。「違うようです」。「なぜ帰りたくないか、言ってたかね?」。「あなた方が、いわゆる… 変人だからだと。ただ、敢えて否定もできないのでは… IQの高さを考えれば、正しいに違いありません」。それを聞いた父は、車から降りて、「クリスチャン!」と怒鳴る。それを聞いたクリスチャンは反対方向に走って逃げ出す。それを、ステファンとソランジュが追う(3枚目の写真、黄色の矢印が先頭のクリスチャン、赤い矢印が末尾のソランジュ)。
  
  
  

一足遅れて追い始めた父は、すぐに胸が苦しくなってダウン。追いかけて来た妻に介抱される(1枚目の写真)。次にコケたのが、ステファン。道路工事中の侵入防止策を飛び越えられずに転倒し、脚を折って痛さでうずくまる。後から追いかけてきたラウルはそこでストップして、ステファンの助ける(2枚目の写真)。結局、残ったのはクリスチャンとソランジュだった。2人は一緒に丘の上に座っている。「家に帰るよ。それしか なさそうだ」。「そうね」。「また、こっちに来る?」。「ええ」。「会えるかな? 僕の住所持った?」。「ええ」。「パリに電話ある?」。「ないわ」。「キスしたい」。「私もよ」。「僕が18になったら…」。「キスして」。じっくりとキスする2人(3枚目の写真)。
  
  
  

ラウルのアパートでは、「3番目の男」〔重要なのに、配役名がない〕が、「子供のことは 何か分かったのか?」と訊いている。ラウル:「全寮制の学校にぶちこまれた」。ステファン:「最悪だ、みんなバラバラになった」。「ソランジュの具合は?」。ラウル:「彼女には あの子が必要なんだ。見つからないと、お先真っ暗だ!」。この時点では、ソランジュは入院している。次のシーンは、病院からラウルとステファンに抱えられてソランジュが出てくる。外で待っていた「3番目の男」が、マンダリンオレンジを差し出して勧める。ソランジュの様子を見た男は、ラウルに「ゾンビみたいだ」と言う。「精神安定剤のせいだ」。ソランジュは、いきなりゾンビをやめて、早口で「彼の学校見つけたの?」と訊く。「不可能だ。海岸にあるか、山にあるのか? フランスかスイスかイギリスか? 3日で250回も 公衆電話から かけたんだ」。次のシーンでは、クリスチャンの立派な邸宅のベルを、きちんと背広を着た「3番目の男」が鳴らし、「国民生活の質に関する全国調査」だと偽り、家族と子供の関わりについてという調査内容を通じて、クリスチャンの居所をつかもうとする。この策略は成功し、学校のある場所が特定できた。この男が一番しっかりしている。すると、画面は全寮制学校の中庭に移行する。ちょうど放課中で、生徒たちが遊んでいるが、1ヶ所、20人ほどの生徒が固まっている場所がある。中央にいるのはクリスチャンだ(1枚目の写真、矢印)。「それから、彼女、どうしたんだ?」。「ネグリジェを脱いだ」。「すごい!」。「裸なのか?」「全裸?」。「うん」(2枚目の写真)。「おっぱい 大きかった?」。「まあね」。「それからどうした?」「あそこ触ったのか?」。「しないよ」。「何もしなかったのか?」。「彼女がキスした」。「口に?」。「うん」。「舌で?」。「うん」。「それから?」。「もういいだろ」。「そんな…」「続けろよ!」「中ぶらりんにする気か?」「おい、逃げるなよ」。「僕のパジャマを脱がせた」。「2人とも裸なのか?」。「信じないぞ」。「信じなくて、結構だ」。「バカにする気か」「彼に話させろよ! それからどうなった?」。ここからは、場面が替わり、夜の大部屋寝室で。「彼女は枕に頭をのせると、目を閉じて… かすかにうめいた。幸せそうだった」。「中はどんなだった?」「毛が生えてた?」。「中には生えてない」。「入れるの簡単だった?」「入れてる間、どんな感じだった?」。「気持ちいいよ。ずっと入っていたい感じ」(3枚目の写真)。「痛い?」。「ぜんぜん」。1人の真面目そうな生徒が立ち上がる。「みんな聞けよ。ベロイユは僕らをからかってるんだ。みんな嘘だ! 絵空事だ」。別な生徒:「真実だと誓えるか?」。クリスチャン:「誓えるとも」。
  
  
  

その時、大部屋のドアが開いて、ソランジュがそっと入ってくる。それに気付いたクリスチャンは、驚いて体を起こす。ソランジュは、他に生徒がいることなど一切構わずクリスチャンに近づいていくと、ベッドに腰を下ろし、クリスチャンの顔を愛しげに手で何度も触る… 最愛の人に接するように。2人は じっと見つめ合い(1枚目の写真)、何日かぶりの心をこめたキスをする(2枚目の写真)。クリスチャンはソランジュの首に手を回し、さらに深いキスが続く。生徒たちは、茫然として見ている。
  
  

次のシーン。黒ずくめの強盗のような服装のソランジュと一緒に、手に手を取って寮から逃げる黒ずくめのクリスチャン(1枚目の写真)。寮監は、これより前にラウルとステファンが始末していた。寮を抜け出した4人は、夜の町中を走って公衆電話まで行くと、全員が狭い電話ボックスに体を押し込み、ラウルがソランジュの母に電話をかける。「ベロイユさん、どうか興奮しないで。これは誘拐ではありません。身代金の要求などありません。息子さんが、週末を友人と過すだけです。月曜の朝には学校に戻ります」。ここで、クリスチャンが口を出す。「嫌だよ! 僕は一緒にいる!」(2枚目の写真、矢印は抗議するクリスチャン)。お陰で話がややこしくなる。
  
  

4人は、「3番目の男」が用意した森の中の小屋に入る。「やあ、お若いの。君に会えて嬉しいよ」。「この人だれ?」。「お隣さんよ」。クリスチャンは、「はじめまして」と挨拶する。「口や顎がお母さんにそっくりだ」。「母を知ってるの?」。「お会いした。素晴らしい女性だ」〔全国調査の時〕。画面が変わり、「待ってて、クリスチャン、助け出してあげる」と言いながら、1人で車を飛ばす母が映る。「私がいる限り、あなたは安全よ。ママを信じなさい。これからは2人で一緒に住みましょ。変人の父親なんかくたばればいい」。そして、夫の悪口を続ける。一方、4人プラス1人は、夕食をとりはじめる。ラウルが、「もし、ここにモーツアルトがいたら…」と口にする。クリスチャンは、その言葉を引き取り、「もし、ここにモーツアルトがいたら、言っておくけど、がっかりするよ」。ステファン:「なぜだ?」。「月曜の朝、学校に戻すという発想は、ハレルヤの作曲に何の霊感も与えない。僕を連れて来るべきじゃなった」(1枚目の写真)「子供に ぬか喜びさせるなんて、汚い手口だよ」。ラウル:「ソランジュが会いたがった」。ステファン:「会えないと、病気になる」。クリスチャン:「でも、月曜の後、また病気になる。一歩前進、二歩後退だ」。ラウルが腹を立てる。「誘拐したんだぞ! 分かってるのか? 未成年者の拉致だ!」。ステファンも、「監獄に放り込みたいのか? 20年だぞ、このクソガキ」と罵る。ソランジュは、「そんな風に考えないで」と、とりなす。「身代金を要求しなければ、誘拐じゃないわ」。クリスチャンも、「もし、子供が同意してれば、誘拐ですらない」と支援。ソランジュ:「長くても2-3年よ」。クリスチャン:「問題は、あなたたちが、ソランジュを治したいかどうかだよ」。ソランジュ:「一旦始めたら、最後までやり抜かないと」。最後は、クリスチャンが、「怖いの?」(2枚目の写真)と訊く場面で小屋の夜のシーンは終わる。次の場面は小屋の朝。ドアがいきなり開き、パジャマ姿のラウルとステファンが飛び出して来る。ラウル:「ガキと一緒に消えた」。ステファン:「裏切りだ」。後から顔を見せた「3番目の男」は、「もし、女性が欲しと思ったら、必ず手に入れるものだ」と覚めた口調で言う。2人は森の中を捜し廻るがソランジュとクリスチャンはどこにもいない。2人は仕方なく地元の警察に出頭し、弁解にこれ努める(3枚目の写真)。弁解内容は、①誘拐目的ではなく、月曜には戻す計画、②誘惑の当事者はクリスチャンで、我々は犠牲者、③諸悪の根源はクリスチャンの両親、というもの。最後は、「3番目の男」が、事故を起こしてひっくり返った車を見つけるシーン。中にいたのはクリスチャンの母。事故で記憶喪失になっている。男は、これ幸いとばかり母を連れ去った。
  
  
  

話は一気に数ヶ月飛ぶ。父が帰宅すると、女中が「今晩は」と言って出迎える。何と、それはソランジュだ。「今晩は、ソランジュ。妻の情報は?」。「何もありません」。妻のベロイユ夫人は、クリスチャンを捜しに車で出かけて以来 行方不明になっている。実は、記憶喪失をいいことに、「3番目の男」がパリに連れていって、一緒に暮らしている。一方、クリスチャンは、「妻がいなくなって家事に困っている父」のため、女中としてソランジュを雇うことで一緒にいることができた。父が書斎に入ると、クリスチャンが書斎机に座っている。父は、鞄を置くと、その前のソファに腰を下ろす。クリスチャンは、「上質の強いスコッチでもどう?」と訊く(1枚目の写真)。「医者に禁じられとるだろ」。「元気づけの一杯だよ。必要になると思うから」。そう言うと、クリスチャンは立ち上がって棚に向かう。「何でだ? 何か情報でも入ったのか?」。「ちょっと待って。説明するから」。クリスチャンはグラスにスコッチを注ぐ(2枚目の写真)。そして、父に手渡す。一口飲んだ父は、「聞いてるぞ」と言う。父の横に顔を寄せたクリスチャンは、「ソランジュのことなんだ」と言う。「それで?」。「妊娠してる」。「そりゃ、いい」。「僕の子だよ」(3枚目の写真)。父は、淡々とスコッチを飲み続ける〔恐らく、強いショックのあまり茫然として〕。「臨月はいつだ?」。「4月」。「おめでとう。ちょっと頼めるか?」。「何でも」。「『シューベルト全集』の第1巻の『ハンガリー風のメロディ』をかけてくれ」。「ママが、ピアノで弾いてた曲?」。「聴きたいんだ。大きな音で頼む」。
  
  
  

場面は替わって刑務所の高い塀の脇。そこにいるのは、ラウルとステファン。ステファン:「あばずれのお陰で、刑務所で6ヶ月か」。ラウル:「彼女じゃなく、俺が入ってよかったと思ってる」。「この期に及んで、まだ迎えに行くのか?」。「とんでもない。彼女は、好きな所に住む権利がある」。場面はベロイユ邸に替わる。『Hungarian Melody in B minor, D 817』が流れる。ソランジュが座って編み物をしている。しかし、女中服ではないので、クリスチャンの妻ということで、待遇が変わったのであろう。編んでいるのは、白い赤ちゃんの服だ(1枚目の写真、矢印)。カメラが右にパンすると、そこはビリヤード室で、クリスチャンが1人でゲームをしている。顔は幼いが、大人の自信と風格が漂っている(2枚目の写真)。カメラはもう一度左にパンし、ソランジュが席を立ち、車椅子に座ったきり手も動かせないクリスチャンの父の口に、水の入ったコップを飲ませるシーンを映す。父は、ショックで脳梗塞でも起こし、半身不随になったのであろう。一家を支えているのはクリスチャンだ。外は夜で真っ暗。ベロイユ邸の門の鉄柵に2人の男がつかまって中を覗いている。ラウルとステファンだ。「とんでもない」と言ったくせに、わざわざここまで来てしまった。犬に吠えられるのも構わず2人が見ていると、窓のそばにソランジュが立つ。お腹がかなり膨らんでいる。ソランジュは充実して幸せそうだ(3枚目の写真、矢印はお腹の膨らみ)。その姿をじっと見ながら、ステファンが「モーツアルトじゃない」と不満そうに言う。「誰なんだ?」。「知らんな。だけど、モーツアルトじゃない」。2人は、門を離れると、寂しく夜の通りに消えて行く。
  
  
  

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